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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)4062号 判決

原告

黒崎徹

〈ほか二名〉

右原告三名訴訟代理人

坂根徳博

被告

小林弘実こと

高弘実

〈ほか二名〉

右被告三名訴訟代理人

田中登

主文

一  被告高弘実、同谷中正夫は各自、原告黒崎徹に対し金四、一五〇万円および内金三、七七五万円に対する昭和四八年四月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告高弘実、同谷中正夫は各自、原告黒崎和夫、同黒崎栄子それぞれに対し各金二二〇万円および内金二〇〇万円に対する昭和四八年四月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告東京海上火災保険株式会社は原告黒崎徹に対し金四七万一二三二円を支払え。

四  原告らの被告ら三名に対するその余の請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用はこれを五分し、その一を原告らの負担とし、その余のうち五分の四を被告高弘実、同谷中正夫の連帯負担とし、五分の壱を被告東京海上火災保険株式会社の負担とする。

六  この判決は主文第一ないし第三項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一、原告ら

(一)  被告高弘実、同谷中正夫は各自、原告黒崎徹に対し金四八、四三〇、〇〇〇円および内金四四、〇三〇、〇〇〇円に対する昭和四八年四月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員、原告黒崎和夫、同黒崎栄子それぞれに対し各金二、八六〇、〇〇〇円および内金二、六〇〇、〇〇〇円に対する右同日から完済に至るまで右同率の金員を支払え。

(二)  被告東京海上火災保険株式会社は、原告黒崎徹に対し金五六〇、〇〇〇円を支払え。

との判決ならびに仮執行宣言。

二、被告ら

(一)  原告らの請求をいずれも棄却する。

(二)  訴費用は原告らの負担とする。との判決ならびに担保を条件とする仮執行免脱宣言。

第二  当事者の主張

一、原告ら―請求原因

(一)  事故の発生

原告黒崎徹(以下原告徹という。)は、左の交通事故(以下本件事故という。)によつて受傷した。

1 日時 昭和四六年三月二二日午後五時一五分頃

2 場所 東京都北区田端町五三二番地先路上(通称滝野川第一小学校正門前通り、以下本件道路という。)

3 加害車 軽自動車(六足立な第一〇一六号、以下本件加害車という。)

被告谷中正夫(以下被告谷中という。)運転

4 態様

原告徹は、本件道路上を西側から東側に向けて横断歩行中、その北側から南側に向けて走行してきた本件加害車の右前角付近に接触し、路上に転倒した。

5 傷害の部位、程度

頭蓋内出血に始まる、急性頭蓋内硬膜外硬膜下血腫

6 治療の経過

(1) 原告徹は、本件事故当日である昭和四六年三月二二日、田端中央病院に通院して治療を受けたが、重症のため即日東京女子医科大学病院に転院し、同日から同年六月五日までの七六日間入院して開頭手術を含む治療を受けた。

(2) 次いで同原告は、昭和四六年六月六日から昭和四八年三月三一日までの間、東京女子医科大学病院に六日間入院し、実日数八二日間通院して一般治療ならびに機能訓練を受け、かつ、その間の昭和四七年五月から東京都立北療育園に実日数九六日間通園して機能訓練を受けた。

(3) 同原告は、昭和四八年四月一日以降も東京女子医科大学病院に通院して一般治療を、東京都立北療育園に通園して機能訓練を受けている。

7 後遺障害

原告徹は、本件事故による受傷後、次の後遺障害を残すに至つているが、その程度は自賠法施行令別表等級第一級に相当する。

(1) 左半身の機能全廃を中心とする四肢の麻痺

原告徹の四肢のうち、右側は機能減退の程度が比較的軽いが、左側はその機能が全廃しており、同原告は坐位において背中を丸めてこれを保持できるにすぎず、起立自体不可能な程度の歩行障害と背筋の伸屈制限とがある。

(2) 精神の著しい障害

同原告の知能は肉体年令六才に達したのに、わずか三才程度であり、かつ、言語障害がある。

(3) 外傷性てんかん

同原告は、本件事故後の昭和四六年一一月から昭和四七年一二月までの間、てんかんの大発作を四回、小発作を五回にわたりくり返しているが、その後は薬の服用により右発作を抑止している。

(二)  責任原因

1 被告高弘実(以下被告高という。)

同被告は、本件加害車を所有し、これを自己のため運行の用に供していたから、自賠法三条により、本件事故に基づく損害を賠償する義務がある。

2 被告谷中

同被告は、前方を注視しなかつた過失があるから、民法七〇九条により、本件事故に基づく損害を賠償する義務がある。

(三)  損害

1 原告徹の損害

金四八、四三〇、〇〇〇円

(1) 治療関係費

金一、七九〇、〇〇〇円

(イ) 治療費

金四〇〇、四四七円

田端中央病院金 五、八八〇円

東京女子医科大学病院

金三九四、五六七円

(ロ) 入院中付添看護費

金一八二、〇八〇円

職業付添人による分(四〇日間)

金一一〇、〇八〇円

親族による分(三六日間、一日金二、〇〇〇円あて) 金七二、〇〇〇円

(ハ) 入院雑費(八二日間、一日金三〇〇円あて)

金二四、六〇〇円

(ニ) 通院中付添看護費

金一、一八五、三五四円

原告徹は、前記のとおり昭和四六年六月六日から昭和四八年三月三一日まで通院したが、右期間における同原告に対する付添看護は、その親族ぐるみで行つてきた。したがつて、右の付添看護に対する労働の評価は、労働省発表賃金構造基本統計調査(以下賃金センサスという。)における産業計、企業規模計、学歴計、女子労働者全年令平均給与額一名分を下ることはない。そうすると、右付添看護費総額は、昭和四六年六月六日から同年一二月三一日までの分を同年の右賃金センサスによる右平均給与月額金四九、〇五八円、昭和四七年一月一日から昭和四八年三月三一日までの分を昭和四七年の同月額金五六、六七五円の各割合で算出すれば、前記金額となる。

(ホ) 合計額 以上合計額中一〇、〇〇〇円未満を切捨てれば、その額は一、七九〇、〇〇〇円となる。

(2) 逸失利益

金二六、四三〇、〇〇〇円

原告徹は、昭和四二年八月二五日生れの男子で事故当時三才であつたから、本件事故に遭遇しなければ、将来順調に成長し、小学校、中学校、高等学校に就学し、高校卒業後の昭和六一年四月(一八才)から昭和一一〇年三月(六七才)までの四九年間は就職し、別表原状年収欄記載の金額の収入(昭和四八年賃金センサス産業計、企業規模計、高卒男子労働者の年令階級別平均給与額相当)を得るはずであつたところ、前記後遺障害により労働能力を一〇〇パーセント喪失したため右収入の全額を失つた。右収入に対する就労期間中の税金、社会保険料の占める割合は、別表原状税金等対年収比欄の比率即ち一〇パーセントを上回ることはないから、これを当該年度毎に控除し、この収入残額が当該各年度の末日に発生するものとし、事故月の翌月である昭和四六年四月一日から民法所定年五分の割合による中間利息をホフマン方式で控除して同日の現価を算出すると、前記金額となる。

(3) 介護料

金二四、四八〇、〇〇〇円

原告徹は、少くとも前記後遺障害の症状が固定した昭和四八年四月一日(五才)から昭和一一年三月(六八才)までの六三年間生存することが予想されるが、右生存中の全期間一日につき二四時間の他人(親族又はそれ以外の者)による介護を必要とする。この介護料は、賞金センサスによる産業計、企業規模計、学歴計、女子労働者全年令平均給与額を下ることはない。右給与額の昭和四八年の年額は金八七一、八〇〇円であるから、これを基準とし、これが当該年度の末日(三月三一日)に発生するものとし、昭和四八年四月一日から民法所定年五分の割合による中間利息をホフマン方式で控除して同年三月三一日の介護料現価を算出すると、前記金額となる。

(4) 慰藉料

金二一、七八〇、〇〇〇円

原告徹は、本件事故による受傷のため前記のとおり入通院し、かつ、後遺障害により肉体的、精神的苦痛を受けてきているが、その慰藉料として、入院分が金四五〇、〇〇〇円、通院分が金一、三三〇、〇〇〇円、後遺障害分が金二〇、〇〇〇、〇〇〇円、合計金二一、七八〇、〇〇〇円が相当である。

(5) 過失相殺分の控除

金一四、九〇〇、〇〇〇円

本件事故は、加害者である被告谷中の前方不注視が主因となつて発生したものであるが、これに被害者側の過失もあることは認めるも、その過失割合は加害者側八に対し被害者側二が相当である。そうすると、過失相殺として前(三)1(1)ないし(4)の合計である金七四、四八〇、〇〇〇円の二割相当額は金一四、九〇〇、〇〇〇円であるから、これを控除することになる。

(6) 損害の填補

金一五、五五〇、〇〇〇円

原告徹は、自賠責保険から傷害分保険金、ならびに被告高から本件損害の一部弁済として計金五五〇、〇〇〇円、同保険から後遺障害分保険金として金五、〇〇〇、〇〇〇円、被告高から、その被告東京海上火災保険株式会社(以下被告保険会社という。)との後記自動車対人賠償責任保険契約にもとづく保険金による一〇、〇〇〇、〇〇〇円、合計金一五、五五〇、〇〇〇円を受領した。

(7) 弁護士費用

金四、四〇〇、〇〇〇円

原告徹は、被告高、同谷中に対し前(三)1(1)ないし(4)の合計金七四、四八〇、〇〇〇円から前(三)1(5)、(6)の合計金三〇、四五〇、〇〇〇円を控除した金四四、〇三〇、〇〇〇円の損害賠償債権を有するところ、同被告らから任意の支払を受けられないので、右債権取立のため本訴の追行を弁護士である坂根徳博に委任し、その費用および報酬として一審判決言渡の日にその認容額の一割を下らない額を支払う旨約した。したがつて、同原告の弁護士費用は前記金額である。

(8) よつて、原告徹の損害は、金四八、四三〇、〇〇〇円である。

2 原告黒崎和夫(以下原告和夫という。)、同黒崎栄子(以下原告栄子という。)の損害

各金二、八六〇、〇〇〇円

(1) 慰藉料

各金三、二六〇、〇〇〇円

原告和夫、同栄子の両名は、原告徹の父母であつて、本件事故以前は同原告の順調な成長と進学とを喜び期待する幸福な生活を過してきたものの、本件事故により同原告に前記のとおり重い後遺障害が残つたため、その生命を害された場合にも等しい程度の精神的苦痛を受けている。その慰藉料として各金三、二六〇、〇〇〇円が相当である。

(2) 過失相殺分の控除

各金六六〇、〇〇〇円

原告和夫、同栄子の両名の損害額である前(三)2(1)の金三、二六〇、〇〇〇円に対し、原告徹と同様に被害者側の過失相殺分として控除すべきその二割相当額は、前記金額である。

(3) 弁護士費用

各金二六〇、〇〇〇円

原告和夫、同栄子の両名は、被告高、同谷中に対しそれぞれ前(三)2(1)の金三、二六〇、〇〇〇円から同(2)の金六六〇、〇〇〇円を控除した金二、六〇〇、〇〇〇円の損害賠償債権を有するところ、原告徹と同一の理由により弁護士である坂根徳博に対し、費用および報酬として一審判決言渡の日にその認容額の一割を下らない額を支払う旨約した。したがつて、同原告らの弁護士費用は前記金額である。

(4) よつて、原告和夫、同栄子の両名の損害は、各金二、八六〇、〇〇〇円である。

(四)  被告保険会社に対する債権者代位権の行使

原告徹は、左の理由により被告高に対する前記損害賠償債権を保全するため、同被告の被告保険会社に対して有する後記保険金請求権を被告高に代位して行使する。

1 債権の存在

(1) 原告徹は、被告高に対する金四八、四三〇、〇〇〇円の損害賠償債権を有することは既述のとおりである。

(2) 被告保険会社は、被告高との間において、本件加害車について、被告高を被保険者、本件事故発生日を保険期間内、保険金額を金一〇、〇〇〇、〇〇〇円とし、昭和四〇年一〇月に改訂され昭和四七年九月まで存在した自動車保険普通保険約款にもとづく自動車対人賠償責任保険契約を締結した。したがつて、被告高は、被告保険会社に対し、右契約上の保険金請求権を有する。

2 債権の保全の必要

民法四三二条一項にいう「債権を保全するため」とは、本件に即していえば、債務者である被告高が債権者である原告徹の前記損害賠償債権の弁済をするのに十分な資力を有しないことを要する趣旨ではなく、同原告の保険金請求権を代位行使することが前記損害賠償債権を実現するのに役立ち、プラスになる関係があれば足りるとの趣旨と解すべきである。本件ではその関係が存在する。また被告高は前記損害賠償債務を支払う資力を欠く。

3 保険金支払義務の発生と履行期の定め

前記保険契約において、被告保険会社の保険金支払義務は、被保険者である被告高が第三者に対して損害賠償義務を負担するのと同時に発生し、かつ、右義務発生の日を履行期とする旨定められた。

4 権利の不行使

被告高は、被告保険会社に対する前記保険金請求権を自ら行使しない。

5 履行遅滞と未払残金

(1) 被告保険会社は、被告高に対し被告高の損害賠償義務の発生日を履行期とする(不確定期限付)保険金支払義務があるところ、損害賠償責任保険制度は、保険金によつて被保険者の損害賠償義務を履行し、消滅させることを目的としているから、被保険者に保険金によつて填補されないような損害賠償義務を負担させないことが望まれる。その趣旨から民法四一二条二項の規定にかかわらず、被告保険会社は保険金支払義務の履行期の到来(本件では被告高の同原告に対する損害賠償義務の発生)を知らなくとも、そのときから履行遅滞に陥ると解すべきである。そして、保険金支払義務の履行遅滞による遅延損害金の支払義務については保険契約における保険金額の制限を受けない。

(2) 被告保険会社は、被告高に対し、前記保険金一〇、〇〇〇、〇〇〇円とこれに対する被保険者である被告高の原告徹に対する遅延損害金の起算日と同じ昭和四八年四月一日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるところ、本訴係属中の昭和四九年五月一八日、元本として金一〇、〇〇〇、〇〇〇円を支払つたので、その未払残金は、右元本に対する右起算日である昭和四八年四月一日から右元本支払の前日である昭和四九年五月一七日までの右利率による遅延損害金である。この遅延損害金は金五六〇、〇〇〇円を下らない。

(五)  結論

よつて、本件事故に基づく損害賠償として、原告徹は、被告高、同谷中各自に対し金四八、四三〇、〇〇〇円および弁護士費用を除いた内金四四、〇三〇、〇〇〇円に対する損害発生後の昭和四八年四月一日から民法所定の年五分の割合による遅延損害金、原告和夫、同栄子は、右被告両名各自に対し、各金二、八六〇、〇〇〇円および同内金二、六〇〇、〇〇〇円に対する右同日から完済に至るまで右同率による遅延損害金の支払を、原告徹は、被告保険会社に対し保険金を元本とする遅延損害金として金五六〇、〇〇〇円の支払を求める。

二、請求原因に対する被告らの答弁、抗弁

(一)  答弁

1 請求原因(一)のうち、原告徹が受傷したこと、1(日時)、2(場所)、3(加害車)、4(態様)は認めるが、5(傷害の部位、程度)、6(治療の経過)、7(後遺障害)は不知。

2 同(二)1、2の各事実は認める。

3 同(三)1のうち、(1)は不知。同(2)の原告徹の生年月日、年令は認めるが、その余は不知ないし争う。同(3)は不知、介護料がかりに必要としても、本件事故の発生、損害の拡大には、現場付近における青果物商の駐車違反営業と、事故後の田端中央病院での不適切な治療とが寄与しているから、その当初五年ないし一〇年分を被告高、同谷中の負担とし、その余を社会保障制度に委ねるのが正義に合する。またそれは定期金賠償方式によるべく、金額は統計上の平均給与額によらず、近親者の看護料を基準とすべきである。同(4)は不知ないし争う。同(5)の原告ら被害者側に過失があつたことは認めるが、過失相殺の割合は争う。同(6)は認める。同(7)は不知。

同(三)2のうち、(1)の原告和夫、同栄子が原告徹の父母であることは認めるが、その余は不知ないし争う。同(2)のうち被害者側の過失は認めるが、その余は争う。同(3)は不知。

4 同(四)1のうち、(1)は争う。同(2)の保険契約締結の事実は認めるが、その余は争う。

同(四)2の原告らの主張は争うが、被告高は、本件損害賠償債務のうち金一〇、〇〇〇、〇〇〇円すら支払う能力もない。

同(四)3は否認する。本件保険金の履行期は、本件損害賠償額が確定する本判決確定の日か、少くとも本判決言渡の日である。これは事実たる慣習であり、当事者はこれによる意思を有した。仮にこれらの日でないとすれば、自賠責保険金が支払われた昭和四九年二月末日である。

同(四)4は認める。ただし、被告高が本件保険金に対する権利行使が可能となるのは、右のように損害賠償額が確定した日からであり、それ以前にはその権利行使が不可能なためこれをしないのである。

同(四)5のうち、(1)は争う。同(2)の被告保険会社が被告高に対しその保険金を支払つたことは認めるが、その日は昭和四九年五月一七日である。その余は争う。右保険金に対する遅延損害金債務は、前記保険金の履行期か又は被保険者が現実に損害賠償債務を弁済した時かのいずれか遅い日の翌日に発生するから、本件ではこれは未発生である。

(二)  抗弁(過失相殺)

被告谷中は、原告徹がまず本件道路上を被告谷中の進路前方で東側から西側に横断したのを目撃して一旦時速五キロメートルに減速したものの、同原告が西側路地に姿を消したので、引返して再度横断することはないと思い、時速二五キロメートルに加速して進行したところ、同原告が左右の安全を確めずに本件道路を西側から東側にかけ足で飛出して横断を開始したのを7.4メートル前に発見しブレーキをかけたが及ばず、本件事故を発生させた。のみならず、本件道路上の現場付近で青果物商の自動車が停車して営業中であつて、原告徹の母である原告栄子は、そこで青果物の買物に気をとられ、右のような原告徹の行動を制止すべき監督上の義務を怠つた過失がある。右は、被害者側の過失であるから、原告らの損害額を算定するにあたり斟酌すべきである。その過失相殺率は五割が相当である。

三、抗弁に対する原告らの答弁、反論

被告らの過失相殺の抗弁事実のうち、原告徹が左右の安全を確かめずにかけ足で横断をしたこと、原告栄子に被告ら主張の監督上の義務違反の過失があつたことは認める。原告徹は一旦東側から西側に横断した後、被告谷中からは目撃できる道路端で再度逆横断する様子を示しながら佇立し、その後横断を開始したから、これはとび出し事故ではない。本件道路は、大通りから入つた裏通りで、付近に小学校があるなど歩行者の横断や件立が予想される地点である。本件事故時には、加害車の進路前方の路上で青果物商が車を停車させて原告栄子ら二、三人の買物客に青果物を売つていたし、幼児である原告徹も右のように東から西へ横断していた。このような場所で被告谷中は、前方を十分注視することなく、とくに原告徹の第一回目の横断を見て時速約五キロメートルに減速しながら、その再度の横断の際にはかえつて時速約二五キロメートルに加速して通行しようとしたのであるから、同被告の過失の程度は重い。したがつて、過失相殺の割合は、前記原告らの自認する被害者側二割以上に被害者側に不利益にならない。

第三  証拠関係〈略〉

理由

一事故の発生

(一)  事故の内容

原告徹が昭和四六年三月二二日午後五時一五分頃、東京都北区田端町五三二番地先路上(本件道路上)で、その西側から東側に向けて横断歩行中、その北側から南側に向けて走行して来た被告谷中の運転する本件加害車の左前角付近に接触し、路上に転倒したことは当事者間に争いがない。

(二)  傷害の部位、程度、治療の経過

〈証拠〉によると、原告徹は、本件事故により、頭蓋内出血ないし急性頭蓋内硬膜外硬膜下血腫の傷害を受けたこと、同原告は、本件事故当日である昭和四六年三月二二日、田端中央病院に通院して治療を受けたが、重症のため即日東京女子医科大学病院に転院して同日から同年六月五日までの七六日間、入院して治療を受けたこと、同原告は、一旦退院後同月六日から昭和四八年三月三一日までの間、東京女子医科大学病院に三回にわたり計六日間入院し、実日数八二日間通院(昭和四七年三月まで一か月平均五日強、その後昭和四八年三月まで同じく2.5日)して一般治療ならびに機能訓練を受け、かつ、その間の昭和四七年五月から昭和四八年三月まで東京都立北療育園に実日数九七日間(一か月平均九日弱)通園して機能訓練を受けたこと、同原告は、昭和四八年四月一日以降も月二回位東京女子医科大学病院に通院して一般治療を、東京都立北療育園に週三回通園して(ただし、昭和四九年三月まで。)機能訓練を受けていることが認められる。

(三)  後遺障害

〈証拠〉を総合すれば、原告徹は、本件事故当日である昭和四六年三月二二日、受傷後三時間程度経過してから意識障害に陥り、東京女子医科大学病院で開頭血腫除去術の施行を受け、その後もしばらく意識障害や上下肢筋強直などが継続したこと、同原告には、同年一二月頃、多少症状の改善がみられたものの、左半身の機能は全廃し、言語障害、歩行障害などがあり、また、同年一一月八日に外傷性てんかんの発作が起きて以来四回にわたつてこの発作が起きたこと、同原告が、昭和四八年一〇月東京労災病院に鑑定のため入院した時、従来からの治療にもかかわらず、左半身不全麻痺、左顔面神経麻痺、脳室拡大、肉体年齢に比しての著しい知能活動の低下、歩行障害、言語障害があるうえ、外傷性てんかんもあつて投薬によりその発作を抑止していること、同原告には右の後遺障害が生涯格別軽快することなく継続し、かつ、そのため常時介護を要すること、右は自賠法施行令別表等級第一級に該当する後遺障害であることが認められる。

二責任原因

被告高が本件加害車を所有し、これを自己のため運行の用に供していたこと、被告谷中が前方不注視の過失により本件事故を発生させたことはいずれも当事者間に争いがないから、被告高は自賠法三条により、被告谷中は民法七〇九条により、それぞれ本件事故によつて生じた損害を賠償する義務がある。

三損害

(一)  原告徹の損害

金四一、五〇〇、〇〇〇円

1  治療関係費

金五九九、九二七円

(1) 治療費

金四〇〇、四四七円

〈証拠〉によると、原告徹は、治療費として田端中央病院に金五、八八〇円、東京女子医科大学病院(昭和四六年六月五日までの分)に金三九四、五六七円、合計金四〇〇、四四七円を支払つたことが認められる。

(2) 入院中付添看護費

金一七四、八八〇円

(イ) 原告徹が東京女子医科大学病院に本件事故当日である昭和四六年三月二二日から同年六月五日までの七六日間入院して治療を受けたことは前認定のとおりであるが、〈証拠〉によると、原告徹は、右入院中の昭和四六年四月二〇日から同年五月二九日までの四〇日間、職業付添人に付添看護を依頼し、その付添看護料として金一一〇、〇八〇円(一日当り金二、二〇〇円ないし金三、〇〇〇円)を支払つたことが認められるが、これは前認定の同原告の傷害の部位、程度等に照らし本件事故と相当因果関係のある損害といえる。

(ロ) 〈証拠〉によると、原告徹は、前三(一)1(2)(イ)のとおり入院した七六日間のうちの三六日間、原告栄子ら親族による付添看護がなされたこと、その付添看護料は一日金一、八〇〇円あて計金六四、八〇〇円に相当することが推認されるが、これは同(イ)と同様に本件事故と相当因果関係のある損害といえる。

(ハ) そうすると、原告徹の入院中の付添看護費は、同(イ)、(ロ)の合計金一七四、八八〇円となる。

(3) 入院雑費

金二四、六〇〇円

〈証拠〉によると、原告徹が東京女子医科大学病院に二回にわたり入院した計八二日間、入院雑費として一日金三〇〇円あて計金二四、六〇〇円を支出したことが推認されるが、これは同原告の傷害の部位、程度、入院期間等に照らし本件事故と相当因果関係のある損害といえる。

(4) 通院中付添看護費

原告徹が昭和四六年六月六日から昭和四八年三月三一日までの間、東京女子医科大学病院、東京都立北療育園に通院したことは前一(二)で認定したとおりである。同原告は、右期間につき付添看護費を請求するが、これは後三(一)3の介護料と期間の点で異なる以外内容において実質的に同一のものであるから、同所でこれを含めて検討する。

2  逸失利益

金二五、〇〇〇、〇〇〇円

原告徹が昭和四二年八月二五日生れ(事故時三才)の男子であることは当事者間に争いがなく、同原告は、本件事故に遭遇しなければ学校卒業後就職して六七才に達するまでの間稼働し、収入をえたであろうことが推認される。

同原告は、その逸失利益について請求原因(三)1(2)のとおりの計算方法によるのが相当であると主張するが、当裁判所は、右の計算方法によらず同原告の労働能力の評価として、その評価額が妥当であり、かつ、簡便な計算方法による次の方法が相当であると解する。すなわち、同原告の稼働可能年数を中学卒業時の一五才すなわち昭和五八年四月から六七才に達した後の昭和一一〇年三月までの五二年間とし、毎年の収入額を、当裁判所に顕著な最近の昭和四八年の賃金センサス第一表、産業計、企業規模計、学歴計、男子労働者全年令平均給与年額である金一、六二四、二〇〇円に、同じく顕著な労働省調査昭和四九年六月四日発表「昭和四九年民間主要企業春季賃上げ状況」による賃上げ率32.9パーセント分を加えた金二、一五八、五六一円とし、年五分の割合による中間利息を修正ライプニツツ方式により控除して損害発生後であり、かつ同原告主張の遅延損害金起算日である昭和四八年四月一日の現価を算出する。よつて、右計算により得た数値の端数を調整して同原告の労働能力の右期日の価額を金二五、〇〇〇、〇〇〇円と評価するのを相当とする。

3  介護料

金二六、〇〇〇、〇〇〇円

(1) 原告徹の前記後遺障害が生涯格別軽快することなく継続し、かつ、そのため常時介護を要することは前一(三)で認定したとおりである。また、〈証拠〉を総合すると、原告徹は、東京女子医科大学病院を退院した後の昭和四六年六月六日以降、同病院に通院し、昭和四七年五月以降昭和四九年三月まで東京都立北療育園に通園し、この間の通院通園回数は、前一(二)のとおり昭和四六年六月から昭和四七年三月まで月平均五日強、同年四月から昭和四八年三月まで月平均約一一日、同年四月から昭和四九年三月まで月平均一五日位に達していること、原告徹は昭和四九年四月以降東京都立北養護学校に通学し治療や教育を受けてきていること、同原告は食事、着換え、入浴、排便、通院通園通学に常時一人又は二人の介護を要し、その他肉体年齢に比しての著しい知能活動の低下と歩行障害とのため、日常の身動きに危険を伴い、これに言語障害による意思伝達の不十分さと外傷性てんかん発作に対する警戒とが加わつて、常時の看護を不可欠とする状態にあること、そのため父母である原告和夫、同栄子や祖父母ら同居の親族が交互あるいは重複してその介護に当つていること、原告栄子が昭和四八年六月から八月まで、出産のため入院中、その他の家族のみでは原告徹の介護をすることができず、家政婦ではなく、専門的看護補助者を日給金三、六四〇円で依頼するのやむなきに至つたこと、原告徹は六才余で体重二四キログラムあり、その成長に伴う体重増加と家族の老齢化に伴う体力減退により介護は年々困難の度を加えること、右介護が適切になされるためには、これら親族のほか専門的な技能を有する者の助力が望ましいことが認められる。

(2)  右認定の事実関係に基づき原告徹に対する介護について、その労働を金銭的に評価する。同原告は昭和四六年六月五日東京女子医科大学病院退院後自宅において介護を受けているものの、その自宅介護および通院通園の付添介護のため優に家族一人分以上の労働力を必要とし、しかもその介護労働は多くの困難を伴い昼夜をわかたぬ愛情と、細心の注意を要するうえ、その困難の程度は年々高まつてゆくとみられる。従つてその介護労働の評価は、原告徹が医師および看護婦の管理下にある前記入院中の付添の評価(昭和四六年春で一日金一、八〇〇円)に優るとも劣らない。しかし、それは職業的付添人の評価(前三(一)1(2)(イ)のとおり昭和四六年春で一日金二、二〇〇円から金三、〇〇〇円、前三(一)3の(1)とおり昭和四八年六月で一日金三、六四〇円)よりは低くみざるを得ない。

将来原告和夫、同栄子が病気、事故或は老齢により原告徹の介護に耐ええなくなつたとき、代りに近親者をもつて介護しうるか、又は原告栄子の出産の場合のように、看護婦等の専門家による介護を要するかは、未確定の事実ではあるが、後者の蓋然性も存在することは明らかである。

さて賃金センサス第一表、産業計、企業規模計、学歴計、女子労働者全年令平均給与日額(その月額を三〇で除した金額)は

昭和四六年 金一、六三五円(一〇〇)

昭和四七年 金一、八八九円(一一五)

昭和四八年 金二、三四八円(一四三)であることは顕著である。

昭和四九年は前三(一)2の男子労働者平均給与額と同様に昭和四八年の日額に賃金上昇率32.9パーセント分を加えた金三、一二〇円(一九〇)となる(以上かつこ内は昭和四六年を一〇〇とした場合の百分比である。)。

そこで、原告徹の介護に要する期間を東京女子医科大学病院を退院した後の昭和四六年六月六日から平均余命以内の昭和一一一年(西歴二〇三九年)三月までとし、その介護に要する労働力を前記の事情を考慮して一日当り

昭和四六年六月から昭和四七年三月まで 金一、九〇〇円

昭和四七年四月から昭和四八年三月まで 金二、一〇〇円

昭和四八年四月から昭和四九年三月まで 金二、六〇〇円

昭和四九年四月から昭和一一一年三月まで 金三、五〇〇円

と評価し、年五分の割合による中間利息を修正ライプニツツ方式により控除し、右損害発生後であり、かつ同原告主張の遅延損害金起算日である昭和四八年四月一日の現価を算出する。よつて、右計算により得た数値の端数を調整し同原告の要する介護労働の右期日の価額を金二六、〇〇〇、〇〇〇円と評価するのを相当とする。

(3)  なお現場付近における青果物商の駐車違反営業ないし田端中央病院の不適切治療が存在し、かつこれが本件事故の発生、損害の拡大に寄与しているとしても、それはこれらの関係者に対する共同不法行為等の成否、右関係者間の求償の問題にすぎず、これをもつて、被告高および被告谷中の介護料相当損害賠償額軽減の理由とすることはできない。社会保障が完備の方向に向いつつあるとしても、この理は変らない。

定期金賠償方式も、原告徹の要する介護労働の評価額をもつて損害と考える点からも、また訴訟手続上種々の問題点が存する点からも、その採用は困難である。

4  慰藉料

金一五、〇〇〇、〇〇〇円

原告徹は、本件事故によつて幼児のうちに受傷し、しかも重度の後遺障害に悩み生涯これに耐えて生き抜かなければならないことは以上の認定事実により明らかであるから、多大の精神的苦痛を受け、また、将来もこれを受け続けることは容易に推認することができ、本件に顕われたその他諸般の事情を合わせ考慮のうえ、その慰藉料として金一五、〇〇〇、〇〇〇円を相当と認める。

5  過失相殺

金一三、二九九、九二七円

被害者、加害者双方の過失の態様、程度等について検討する。

(1) 〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められる。

「本件道路は、大通りである田端高台通りから南に約一〇〇メートル入つた裏通りで、その幅員は約7.4メートルあり、本件事故現場西側に幅員約二メートルの路地があつてその奥行一〇メートル余の先に原告らの居宅がある。本件事故直前、本件道路の東側に小型貨物自動車を停車させて青果物販売中の行商のもとに、原告栄子は原告徹を連れて行き、原告徹を同栄子や右自動車の付近に居させたまゝそこで買物をしていた。

他方、被告谷中は、本件加害車を運転して本件道路を北側から南側に向けて時速約三〇ないし三五キロメートルで走行させて本件現場付近にさしかかつた際、前方左側(東側)の路上約18.5メートル先に右青果物商の自動車が停車し、そこで原告栄子ら女性二・三名が買物をし、かつ、同車の付近から被害者である原告徹が右側(西側、路地方向)に向けて横断したのを目撃したため、時速約五キロメートルに減速した。次いで、同被告は、原告徹が横断し終つて見えなくなつたので、再度横断するようなことはないと思い、時速約二五キロメートルに加速した直後、同原告が右側から左側に向けてかけ足で引返して横断し始めたため、急制動をかけたが間に合わず、本件加害車を同原告に接触させるに至つた。

原告栄子は、同所で買物中同徹が自己の付近から立去り本件道路を横断し終つて右路地にいたのに気づいたが、そのまま買物を続け、それが終つて帰宅しようと右路地側の方を見たところ、本件加害車が北側から走行して来るのに、原告徹が路地の方から自己の方に向つて横断して来たので、これを制止したが間に合わなかつた。原告徹は右横断に際し左右の安全を確認しなかつた(この事実は当事者間に争いがない。)。」

(2) 原告黒崎栄子本人は、「原告徹が第一回目に横断した後一旦路地の奥にはいり、又引返してその入口に二、三秒佇立していたが、それは走行中の被告谷中から見える位置である。」との趣旨の供述をしているが、前掲その余の各証拠ならびに同供述自体に照らし直ちに採用することができないし、〈証拠〉も右供述後これにそつて撮影されたものであるから、右認定の妨げにならない。また、〈証拠〉(被告谷中の司法巡査に対する供述調書)には、被告谷中が右原告栄子本人の右供述に一部そうがごとき供述をしていることがみられるが、趣旨必ずしも明確なものではなく、これも右認定の妨げにならない。ほかに右認定を左右するに足りる証拠はない。

(3) よつて、原告栄子は原告徹を監護するにつき過失ありというべく(このことは当事者間に争いがない)、その他以上認定の本件事故現場の道路状況や事故態様等の諸事情を考慮すれば、過失相殺として前三(一)1ないし4の損害額金六六、五九九、九二七円から二〇パーセント弱相当額である金一三、二九九、九二七円を控除し、被告らの負担すべき損害額を金五三、三〇〇、〇〇〇円と定めるのを相当とする。

6  損害の填補

金一五、五五〇、〇〇〇円

原告徹は、自賠責保険からその傷害分保険金ならびに被告高から一部弁済として計金五五〇、〇〇〇円、同保険からその後遺障害分保険金として金五、〇〇〇、〇〇〇円、被告高から、その被告保険会社との後記自動車対人賠償責任保険契約にもとづく保険金による金一〇、〇〇〇、〇〇〇円、合計金一五、五五〇、〇〇〇円を受領したことは当事者間に争いがない。

7  弁護士費用

金三、七五〇、〇〇〇円

右のとおり、原告徹は、被告高、同谷中に対し各自、金三七、七五〇、〇〇〇円の本件事故に基づく損害賠償元本債権を有する。〈証拠〉によると、右被告両名は任意に支払をしないので、原告徹は、右債権の取立のため本件請求訴訟手続の追行を弁護士坂根徳博に委任し、その費用および報酬として東京弁護士会報酬規程に従い本判決認容額のうち

金一、〇〇〇、〇〇〇円以下の部分につき

その一二パーセント

金一、〇〇〇、〇〇〇円を超え金五、〇〇〇、〇〇〇円以下の部分につき

その八パーセント

金五、〇〇〇、〇〇〇円を超え金一〇、〇〇〇、〇〇〇円以下の部分につき

その七パーセント

金一〇、〇〇〇、〇〇〇円を超え金五〇、〇〇〇、〇〇〇円以下の部分につき

その六パーセント

の手数料およびそれと同額の謝金とを第一審判決言渡日に支払う旨約したことが認められる。本件の審理経過、事件の難易、同原告の損害額に鑑みると、右のうち金三、七五〇、〇〇〇円が本件事故と相当因果関係に立つ損害と認められる。

8  合計

以上のとおり、原告徹の損害は金四一、五〇〇、〇〇〇円となる。

(二)  原告和夫、同栄子の損害

各金二、二〇〇、〇〇〇円

1  慰藉料

各金二、五〇〇、〇〇〇円

原告和夫、同栄子の両名は、同徹の父母として(この事実は当事者間に争いがない。)、いずれも本件事故によつて子である同原告が幼いうちから重度の後遺障害に悩まされて生き続けなければならなくなつたことにより、その生命を害された場合に比肩するか、またはこれに比して著しく劣らない程度の精神的苦痛を受けていることは、以上の認定事実により容易に推認することができる。前記後遣障害の内容等本件に顕われた諸般の事情を考慮すれば、慰藉料としてそれぞれにつき金二、五〇〇、〇〇〇円が相当と認められる。

2  過失相殺

各金五〇〇、〇〇〇円

原告和夫、同栄子の両名についても本件事故発生について前三(一)5のとおり被害者側の過失等を考慮し、前三(二)1の損害額から二〇パーセント相当額を控除する。

3  弁護士費用

各金二〇〇、〇〇〇円

右のとおり、原告和夫、同栄子の両名は、被告高、同谷中に対し各自金二、〇〇〇、〇〇〇円の本件事故による損害賠償債権を有する〈証拠〉により、原告和夫、同栄子は、原告徹と同様に同弁護士に対し同様の弁護士費用を支払う旨約したことが認められる。本件審理経過、事件の難易、右原告両名の損害額に鑑みると、右のうち各金二〇〇、〇〇〇円が本件事故と相当因果関係に立つ損害と認められる。

4  合計

以上のとおり、原告和夫、同栄子の損害は、各金二、二〇〇、〇〇〇円となる。

四原告徹の被告保険会社に対する保険金請求

(一)  債権者代位

原告徹は、被告高に対する本件損害賠償債権を保全するため、右被告に代位して被告保険会社に保険金の遅延損害金の支払を請求する。これについては次のように判断する。

1  債権者代位権の要件としての無資力

(1) 債権者代位の制度は、債権者が債務者に属する権利を行使するのを許すことによつて、債権者の債権が満足を得るべき最後の保障である債務者の一般財産の散逸を防止し、もつて債権者の債権の保全を図ることを目的とするものであるから、債権者代位権の行使の一要件として債務者の一般財産が、債権者において代位行使しようとする権利の金額を除いては、債権者の債権を満足させるに足らない額であること、換言すれば債務者が無資力であることを要すると解するのが相当である。

ところで、いわゆる特定債権、たとえば、不動産賃借人がその賃貸人に対して有する賃借権にもとづく不動産引渡債権等の保全のために、その債務者である不動産賃貸人が資力を有する場合においても、右債務者に属する権利たとえばその不動産所有権にもとづく明渡請求権を代位行使することが判例上容認されている。思うに、賃貸人が自己に属する右の権利を適切に行使せず、その権利不行使がひいてはその債権者である賃借人に対する関係で不動産引渡債務の不履行を生ぜしめるとき、賃借人は本来の債権の履行に代えて損害賠償債権(金銭債権、民法四一七条)を取得するが、不動産賃借権の性質に鑑み、右権利者に金銭債権である損害賠償債権を取得させるのみでは必ずしも適切な法的救済とはならない場合があることなどから、右のような解釈が特にかかる特定債権に限り例外的に認められているにすぎず、これを一般化できない。金銭債権は、その性質上特定物の給付を求めるものでなく、債務者の一般財産による満足(最終的には、債務者財産の換価・配当による。)を求めるものであるから、金銭債権を保全するためとは、かかる満足を得られないことのないため、すなわち債務者の無資力状態の改善のためということに帰し、原告ら主張のようにこれを債権の実現に役立ちプラスになるというような広い意味に解することはできず、したがつて特定債権とも同視できない。

無資力を要件とするとき、債権者は自己の債権の給付訴訟と債務者の権利の実現のための訴訟とを格別に追行するとの不利益をうけるとの主張につき考えるに、債務者無資力のとき、債権者は両訴訟を同時に追行できるから、この批判は失当であり、債務者有資力のとき、債権者は債務者の一般財産につき、債務名義にもとづき差押により、債権の満足を得られ、あえて債務者に属する権利を代位行使する要をみないし、また債務名義取得前債務者に財産隠匿等のおそれがあれば仮差押によりこれを防止できるのであるから、必ずしも二つの訴訟を各別に追行しなければならないものとはいえず、この批判はあたらない。

(2) 本件におけるように、不法行為の加害者(損害賠償責任保険契約における被保険者かつ損害賠償義務者)、被害者(損害賠償債権者)、保険会社との関係に限つて任意保険金請求権の代位行使の当否を論ずることとする。

損害賠償責任保険(以下任意保険という。)の目的は、被保険者が将来第三者に対し損害賠償義務を負担する場合、これによつて生じた損害を保険金によつて填補するにある。この場合、賠償義務を負担した被保険者は、任意保険金債権を除いた自己の財産をもつて右義務を履行し、その後に任意保険金債権を行使し、右損害を填補することも、受領した任意保険金そのものをもつて賠償義務を履行することも可能である。被保険者は必ず任意保険金そのものを賠償義務の履行に充てるべき法的義務を負わないし、また任意保険金をもつてまず満足すべき旨を賠償債権者に請求する法的権利も有しない。すなわち、賠償債権者の立場からみると、賠償義務者である被保険者の有する任意保険金債権から、他の債権者に優先して、賠償金の支払を受けうるものではなく、賠償義務者の任意保険金債権は結局のところその一般財産に組み入れられ、一般債権者の債権の満足にも充てられるべきものである。したがつて、賠償義務者について破産の宣告があつた場合には、賠償債権者は、任意保険金債権についても他の一般債権者と同順位において配当を受けうる地位にあるにすぎないのである。

他面不法行為(殊に交通事故)被害者保護の理念からみる限り、被害者等賠償債権者が加害者である被保険者の有する任意保険金債権につき、直接保険会社に請求する途を開けば、賠償債権者、賠償義務者、保険会社の三者の法律関係の決済を簡明ならしめ、被害者をして、賠償義務者の他の債権者とは全く別に事実上優先して迅速確実に、その権利を実現させうるのである。しかし、かような直接請求権を与えるには、それが右三者や他の債権者の利害に関する以上自賠法一六条、一八条、商法六六七条のような規定を要するのであつて、かかる規定のない任意保険につき、直接請求権を認めることは立法論としてはともかく、解釈論としてはとりえない。

したがつて、賠償債権者が被保険者に属する任意保険金債権を代位行使する場合に限り特定債権とみて無資力を要件としないことは、結局解釈により民法四二三条の本来の作用を超えて、特定債権でないものを特定債権としたうえ、法律の認めない直接請求権を創設したのと同じような結果に帰し失当である。

保険会社は、保険約款にもとづき、被保険者が法律上の損害賠償義務を負担することによつて蒙る損害を填補する責に任ずる(昭和四〇年一〇月改訂自動車保険普通保険約款一条本文)から、おそくとも被保険者の賠償債権者に対する損害賠償額が判決において確定されたときは保険金を支払うべき義務を負うものである。それにもかかわらず、原告徹の主張のように、右保険金請求権の存否を争うことがあるとの事実は否定し難いが、それが保険約款上のいわゆる保険免責の主張にもとづくものである場合等は保険会社の正当な権利行使と評すべきであつて、被害者が二度の訴訟追行を強いられることも己むをえないところである。これを根拠に代位行使の要件から無資力を除外することはできない。

(3) 以上のとおり、金銭債権一般についても、不法行為被害者、加害者(被保険者)、保険会社間に限つて論じても、金銭債権者である被害者が債務者である加害者に代位して保険会社に対して任意保険金債権を行使するためには加害者が無資力であることを要すると解すべきである。

(4) 被告高の資力について検討する。同被告が本件損害賠償債務元本金四五、九〇〇、〇〇〇円およびそれに対する遅延損害金債務を負担していることは前示のとおりである。これに対し、同被告が金一〇、〇〇〇、〇〇〇円すら弁済する資力をも有しないことは、同被告の自認するところであるから、結局同被告は本件で代位行使される後記保険金の遅延損害金債権以外の資産をもつてしては、右損害賠償債務を満足させることができないといえる。

2  債務者の権利不行使

(1) 被告保険会社と同高との間で被告高を被保険者、本件事故発生日を保険期間内、保険金額を金一〇、〇〇〇、〇〇〇円とする本件加害車についての自動車対人賠償責任保険契約が締結されたこと、被告保険会社が被告高に対し、保険金一〇、〇〇〇、〇〇〇円を弁済したことは当事者間に争いがない。右弁済の日を認めるに足りる証拠がないので、これは少なくとも被告保険会社の自認する昭和四九年五月一七日である。

(2) そうすると被告高は後記のとおり被告保険会社に対し、右保険金債権の履行期から右弁済の日までの年五分の割合による法定遅延損害金債権を有するというべきであるが、弁論の全趣旨によれば、被告高がこの債権の弁済を請求していないことが明らかである。

(3) 被告保険会社は、債権者代位権の行使の要件としての「債務者が権利を行使しない」とは、債務者が権利行使しうるのにこれを行使しないことを意味するのであるところ、本件において、損害賠償責任保険契約にもとづく保険金請求は、加害者(被保険者)の被害者(賠償債権者)に対する賠償責任額が確定されて始めてなしうるから、賠償責任額が確定されていない現段階では保険金請求することはできず、したがつて債権者代位権の行使の要件を欠くと主張する。

しかし本件賠償責任保険契約において被保険者(被告高)と賠償債権者(原告徹)が当事者として、両者間で賠償責任額を確定しない限り、被告保険会社に対して保険金請求をなしえないと解すべき根拠はない。なぜなら、本件のように昭和四〇年一〇月改訂の自動車保険普通保険約款の適用を受けることが争いのない保険契約においては、右約款を通読すれば右保険金請求権は、被保険者である被告高がその被害者に対する加害事故により損害賠償義務を負担すると同時に発生し、被告高は右賠償額に応じて被告保険会社に対し保険金請求をすることができ、保険金請求のための右賠償額の決定は保険金請求手続内で被告保険会社と被告高(保険金請求権者)との間でなせば足りると考えるべきであつて、右約款上右保険金請求のための賠償額決定にあたり被告高(被保険者)と原告徹(賠償債権者)間の判決、和解等による確定を要すると解すべき根拠は見当らないからである。またそのような事実たる慣習ありと認めるに足りる証拠はない。自賠責保険金が支払われた日をもつて任意保険金の履行期と解すべき法的根拠も見出せない。

従つて被告保険会社の右主張は採用できない。

(二)  保険金請求

被告保険会社が被告高との間で加害車について前記自動車対人賠償責任保険契約を締結したことは前示のとおりである。

右保険金支払義務の履行期については、契約当事者間でその定めがない。ただ前記普通保険約款第三章第一五条第一項は「当会社は前条の書類または証拠を受領した日から三〇日以内に保険金を支払う。」旨規定するが、これは履行期の定めではなく、保険会社の事務処理手続の順序期間を示したにすぎないと解せられる。したがつて保険金請求権者が請求したときから被告保険会社は履行遅滞に陥ると解するのを相当とする。損害賠償債務が不法行為時から履行遅滞に陥るからとて、これと性質の異なる保険金請求権について同様に解することはできない。また被保険者が現実に損害賠償債務を弁済した時と保険金の履行期とのいずれか遅い時から保険金債務が履行遅滞に陥ると解することは、被保険者の現実弁済を要件とする立場に近く、右約款第二章第一条が損害賠償債務の負担をもつて保険事故と定めていることと矛盾するから、採用できない。

本件において、右被保険者たる被告高が本訴請求までの間に被告保険会社に対し本件保険金請求を行なつていないことは前示のとおりであるから、被告保険会社は、本件訴状送達日の翌日(昭和四八年六月八日であることは記録上明らかである。)から履行遅滞に陥つたと認められる。なお、被告保険会社の右保険金支払の履行遅滞に伴う遅延損害金の支払義務は、本件保険契約における保険金額による制限を受けず、その支払の日である昭和四九年五月一七日まで少なくとも年五分の割合で発生するものと解される。

この間の遅延損害金総額は金四七一、二三二円である。

(三)  むすび

よつて原告徹は被告高に代位して右遅延損害金金四七一、二三二円の支払を求めうるというべきである。

五結論

以上のとおりであるから、原告らの被告高、同谷中に対する本訴請求のうち、原告徹が、右両被告に対し各自、本件事故に基づく損害賠償として金四一、五〇〇、〇〇〇円および弁護士費用を除く内金三七、七五〇、〇〇〇円に対する本件事故発生後の昭和四八年四月一日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金、原告和夫、同栄子の両名が、それぞれ右両被告に対し各自、同金二、二〇〇、〇〇〇円および弁護士費用を除く内金二、〇〇〇、〇〇〇円に対する右同日から完済まで右同率の遅延損害金の各支払を求める部分、原告徹の被告保険会社に対する本訴請求のうち、被告高に代位しての保険金遅延損害金として金四七一、二三二円の支払を求める部分は正当であるから、これを認容し、原告らのその余の被告らに対する請求はいずれも失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用し、なお、被告らの仮執行免脱宣言の申立は、相当でないものと認めてこれを却下し、主文のとおり判決する。

(沖野威 中条秀雄)(大出晃之は転補のため署名押印することができない)

別表 〈省略〉

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